生産性 – マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

今日は、伊賀泰代 著の「生産性」について書きたいと思います。著者はマッキンゼーというコンサルティング会社にてコンサルタント・人事部門のマネージャーとして17年勤務された方。本書はタイトル通り「生産性」について書かれた本ですが、「組織全体の生産性を上げるためにはどのように人を育成すればよいか」という内容が中心になっています。

日本人の生産性の低さについては前回の記事でも言及しましたが、今後マネジメントや人材育成の観点において「生産性」というキーワードが重要視されることが予想されます。その点、この本には社員の生産性を高めるための施策のヒントが散りばめられているので、特に人材育成の仕事をされている方にとっては、必読といってもいいんじゃないでしょうか。

もちろん、純粋に「生産性」というテーマに興味がある僕のような方にも有益だと思います。特になるほどと思ったのは、第1章の「生産性向上のための四つのアプローチ」の部分です。

まず、生産性の定義を

「成果物」と、その成果物を獲得するために「投入された資源量」の比率として計算されます。「アウトプット」÷「インプット」といってもよいでしょう。

とした上で、生産性を上げるための方法として

ひとつは成果額(分子)を大きくすること、そしてもうひとつが、投入資源量(分母)を少なくすることです。

と2つのアプローチを提示しています。ここまでは当たり前の話なんですが、筆者はさらに、イノベーション(革新)とインプルーブメント(改善)という概念を付け加えています。結果として、生産性を上げるためのアプローチは計4つになります。

  1. 改善による投入資源の削減
  2. 革新による投入資源の削減
  3. 改善による付加価値額の増加
  4. 革新による付加価値額の増加

ちなみに改善というのは、無駄を減らしたり効率化したりといった、いわゆるマイナーチェンジのこと。対して革新というのは新技術の採用や仕組みの再構築など、以前とは決定的に異なるメジャーな変更のことです。

この4つのアプローチの何が素晴らしいと思ったかというと、漠然と生産性を上げるにはどうしたらいいか?と考えるよりも、新しく軸を追加することでより詳細に、具体的に考えるためのフレームワークにしているというところです。MECEになっているし、とてもコンサルっぽい考え方ですね。

個人的には、「生産性」という言葉と「効率化」という言葉のニュアンスの違いをうまく説明するにはどうしたらいいのかなと考えていたところ、この分類を見てとてもすっきりしました。

2章ではイノベーションと生産性の関係について整理しており、これもとても参考になりました。

3章以降は評価、育成、マネジメント、研修、資料の作り方や会議の進め方まで、様々な状況における生産性向上の考え方が紹介されています。特に人事に関わっている方は、評価・(研修も含めた)人材育成において「生産性」を意識するとどうなるのかという意味で、とても参考になるのではないかと思います。

資料作成や会議の進め方に関しては、コンサルティグ会社にいれば割と誰でも意識していることだと思いますが、マッキンゼーではこうやってるんだ、という意味で参考になりました。

というわけで、人事に関わっている方や「生産性」というキーワードをより深く理解したいという方にはおすすめの本だと思います。是非読んでみて下さい!

新・所得倍増論

今日は、デービッド・アトキンソン 著の「新・所得倍増論」について書きたいと思います。著者はイギリス人の元金融アナリストで、現在は日本の重要文化財などの補修を行う会社の社長さんです。この本のテーマは、「日本の生産性の低さ」です。と言っても、別に日本をこき下ろす内容の本ではなく、データを元に分析を行い、対策を打つことで日本人の所得を倍増させることができるのではないかという提言です。

この本は本日時点でアマゾンの経済学カテゴリでベストセラーになっています。僕も最近「生産性」というテーマに興味があり読んでみたのですが、今の日本経済が置かれている状況を理解するための本として非常におすすめできる内容でした。

日本人は生産性が低い?

日本人は仕事の生産性が低い。最近色々なところでこうした話を聞くことがありますが、その議論の元になっているデータは、GDP(国内総生産)です。GDPとは「一定期間内に国内で生み出された付加価値の総額」(Wikipedia)のことですが、このGDPは各国の経済状況を示す指標としてよく使われます。現在の日本のGDPランクはアメリカ・中国に次いで第3位です。

これだけ見ると、世界第3位の経済大国なのに生産性低いってどういうこと?となるのですが、実はGDPというのは価値の総額なので人口が考慮されていません。そこで、GDPを人口で割った国民一人当たりGDPを見てみると、何と日本は先進国の中で最下位になってしまいます。

GDP = 生産性 × 人口

日本と言うと、国土が狭くアメリカや中国やインドに比べると人口が少ないというイメージかも知れませんが、先進国の中ではアメリカに次いで第2位です。つまり、日本のGDPが高いのは、日本の人口が多いせいであって、生産性を表す一人当たりのGDPは低い、ということになります。日本は教育水準も高く、労働者に占める高スキルな人材の割合が世界一とも言われています。なのに、そのポテンシャルが活かせていないというわけですね。

この話に対する反応は様々だと思いますが、僕はあまり違和感なく受け入れることができました。今までコンサルティングの仕事をしてきた中で様々な職場を見てきましたが、仕事の生産性を上げるためにやり方をどんどん改善するという文化が定着している職場にはあまりお目にかかったことがありません。むしろ、仕事のやり方を変えましょうという提案に対してはまず拒否反応が返ってくることが多いです。

上記は日本に限った話ではないのかも知れませんが、他にも会議を含めた労働時間が無駄に長かったり、意思決定にやたらと時間がかかるというのはよく言われていることですよね。

さらに、この本で「日本はITを活用した生産性の改善に失敗している」という記述があるのですが、それはまさに僕がITコンサルティングの仕事をしていて感じていることでもあります。どういうことかと言うと、日本でシステムを導入しましょうとなると、既存の業務のやり方に合わせてシステムをカスタマイズしがちなのです。しかし、それをやってしまうと単なる自動化にしかならないばかりか、独自要件によりシステムもどんどん複雑になってしまいます。

本来システムを導入する際には、同時に業務プロセスの見直しもやるべきなのです。が、前述の通りプロセス改善に着手しようとした途端に現場の強い反発があります。このあたりはSI会社の腕の見せどころとも言えるわけですが、どうも「言われた通りに作っておけば良い」、という風潮が多く見られる気がします。

生産性を上げるのは経営者の責任?

著者は、日本人の生産性が低いのは経営者が生産性改善のための施策を打ってこなかったからだと主張しています。ある企業の生産性(一人当たりの利益)が低かったとして、その責任は経営サイドにあるだろうというのはもちろん理解できます。その場合、施策としては生産性を改善するようなマネジメントをトップダウンで実施していくことになるのだと思います。

しかし、僕はそれだけではどうも不十分な気がしています。責任を負うのは経営サイドだとしても、結局は一人ひとりの社員が生産性を上げなくてはいけません。個々人が仕事に対する認識を変える必要がありますし、スキルアップする必要もあるでしょう。そして、「日本人の生産性を上げる」という意味では、それは一つの企業に閉じた話ではありません。社会全体で生産性を上げていこうという流れが必要だと思います。

よくぞ言ってくれた

少し本の内容からずれてしまったので戻します。この本を読み終わった時の感想は、「よくぞ言ってくれた!」です。イギリス人である著者が、批判を覚悟でデータに基づいた客観的な指摘をしてくれています。しかも、本書の根底にあるメッセージは「日本人の潜在能力はこんなものじゃない、だから頑張ろう!」です。厳しく鋭い指摘ですが、日本への愛情を感じます。非常にありがたい話だと思います。

日本と言えば技術力が高いだとか、モノづくり大国だとか何となくのイメージで語ってしまうことが多いですが、例えば下記の指摘などは、確かに、と思わされました。

トヨタなどの一部製造業の生産性の高さを示すデータはいくらでも存在しますが、日本経済全体の生産性の高さを証明するデータはなく、むしろ低さをあらわすデータが多いです。トヨタなどの「カイゼン」の印象があまりにも強いため、他の日本企業もトヨタ同様に生産性が高いに違いないという「思い込み」を生み出してしまっている可能性があるのです。

とは言え、この本の内容を無批判に受け入れるべきだと言っているのではなく、読み手としては一旦受け入れて考えてみるという態度が必要なのだと思います。

というわけで、この本は経営者の方には特におすすめですが、そうでなくとも「日本人の仕事のやり方」を客観的に捉え直すという意味では仕事をしている全ての方におすすめできる内容だと思います。興味がある方は是非読んでみて下さい!