生産性 – マッキンゼーが組織と人材に求め続けるもの

今日は、伊賀泰代 著の「生産性」について書きたいと思います。著者はマッキンゼーというコンサルティング会社にてコンサルタント・人事部門のマネージャーとして17年勤務された方。本書はタイトル通り「生産性」について書かれた本ですが、「組織全体の生産性を上げるためにはどのように人を育成すればよいか」という内容が中心になっています。

日本人の生産性の低さについては前回の記事でも言及しましたが、今後マネジメントや人材育成の観点において「生産性」というキーワードが重要視されることが予想されます。その点、この本には社員の生産性を高めるための施策のヒントが散りばめられているので、特に人材育成の仕事をされている方にとっては、必読といってもいいんじゃないでしょうか。

もちろん、純粋に「生産性」というテーマに興味がある僕のような方にも有益だと思います。特になるほどと思ったのは、第1章の「生産性向上のための四つのアプローチ」の部分です。

まず、生産性の定義を

「成果物」と、その成果物を獲得するために「投入された資源量」の比率として計算されます。「アウトプット」÷「インプット」といってもよいでしょう。

とした上で、生産性を上げるための方法として

ひとつは成果額(分子)を大きくすること、そしてもうひとつが、投入資源量(分母)を少なくすることです。

と2つのアプローチを提示しています。ここまでは当たり前の話なんですが、筆者はさらに、イノベーション(革新)とインプルーブメント(改善)という概念を付け加えています。結果として、生産性を上げるためのアプローチは計4つになります。

  1. 改善による投入資源の削減
  2. 革新による投入資源の削減
  3. 改善による付加価値額の増加
  4. 革新による付加価値額の増加

ちなみに改善というのは、無駄を減らしたり効率化したりといった、いわゆるマイナーチェンジのこと。対して革新というのは新技術の採用や仕組みの再構築など、以前とは決定的に異なるメジャーな変更のことです。

この4つのアプローチの何が素晴らしいと思ったかというと、漠然と生産性を上げるにはどうしたらいいか?と考えるよりも、新しく軸を追加することでより詳細に、具体的に考えるためのフレームワークにしているというところです。MECEになっているし、とてもコンサルっぽい考え方ですね。

個人的には、「生産性」という言葉と「効率化」という言葉のニュアンスの違いをうまく説明するにはどうしたらいいのかなと考えていたところ、この分類を見てとてもすっきりしました。

2章ではイノベーションと生産性の関係について整理しており、これもとても参考になりました。

3章以降は評価、育成、マネジメント、研修、資料の作り方や会議の進め方まで、様々な状況における生産性向上の考え方が紹介されています。特に人事に関わっている方は、評価・(研修も含めた)人材育成において「生産性」を意識するとどうなるのかという意味で、とても参考になるのではないかと思います。

資料作成や会議の進め方に関しては、コンサルティグ会社にいれば割と誰でも意識していることだと思いますが、マッキンゼーではこうやってるんだ、という意味で参考になりました。

というわけで、人事に関わっている方や「生産性」というキーワードをより深く理解したいという方にはおすすめの本だと思います。是非読んでみて下さい!

新・所得倍増論

今日は、デービッド・アトキンソン 著の「新・所得倍増論」について書きたいと思います。著者はイギリス人の元金融アナリストで、現在は日本の重要文化財などの補修を行う会社の社長さんです。この本のテーマは、「日本の生産性の低さ」です。と言っても、別に日本をこき下ろす内容の本ではなく、データを元に分析を行い、対策を打つことで日本人の所得を倍増させることができるのではないかという提言です。

この本は本日時点でアマゾンの経済学カテゴリでベストセラーになっています。僕も最近「生産性」というテーマに興味があり読んでみたのですが、今の日本経済が置かれている状況を理解するための本として非常におすすめできる内容でした。

日本人は生産性が低い?

日本人は仕事の生産性が低い。最近色々なところでこうした話を聞くことがありますが、その議論の元になっているデータは、GDP(国内総生産)です。GDPとは「一定期間内に国内で生み出された付加価値の総額」(Wikipedia)のことですが、このGDPは各国の経済状況を示す指標としてよく使われます。現在の日本のGDPランクはアメリカ・中国に次いで第3位です。

これだけ見ると、世界第3位の経済大国なのに生産性低いってどういうこと?となるのですが、実はGDPというのは価値の総額なので人口が考慮されていません。そこで、GDPを人口で割った国民一人当たりGDPを見てみると、何と日本は先進国の中で最下位になってしまいます。

GDP = 生産性 × 人口

日本と言うと、国土が狭くアメリカや中国やインドに比べると人口が少ないというイメージかも知れませんが、先進国の中ではアメリカに次いで第2位です。つまり、日本のGDPが高いのは、日本の人口が多いせいであって、生産性を表す一人当たりのGDPは低い、ということになります。日本は教育水準も高く、労働者に占める高スキルな人材の割合が世界一とも言われています。なのに、そのポテンシャルが活かせていないというわけですね。

この話に対する反応は様々だと思いますが、僕はあまり違和感なく受け入れることができました。今までコンサルティングの仕事をしてきた中で様々な職場を見てきましたが、仕事の生産性を上げるためにやり方をどんどん改善するという文化が定着している職場にはあまりお目にかかったことがありません。むしろ、仕事のやり方を変えましょうという提案に対してはまず拒否反応が返ってくることが多いです。

上記は日本に限った話ではないのかも知れませんが、他にも会議を含めた労働時間が無駄に長かったり、意思決定にやたらと時間がかかるというのはよく言われていることですよね。

さらに、この本で「日本はITを活用した生産性の改善に失敗している」という記述があるのですが、それはまさに僕がITコンサルティングの仕事をしていて感じていることでもあります。どういうことかと言うと、日本でシステムを導入しましょうとなると、既存の業務のやり方に合わせてシステムをカスタマイズしがちなのです。しかし、それをやってしまうと単なる自動化にしかならないばかりか、独自要件によりシステムもどんどん複雑になってしまいます。

本来システムを導入する際には、同時に業務プロセスの見直しもやるべきなのです。が、前述の通りプロセス改善に着手しようとした途端に現場の強い反発があります。このあたりはSI会社の腕の見せどころとも言えるわけですが、どうも「言われた通りに作っておけば良い」、という風潮が多く見られる気がします。

生産性を上げるのは経営者の責任?

著者は、日本人の生産性が低いのは経営者が生産性改善のための施策を打ってこなかったからだと主張しています。ある企業の生産性(一人当たりの利益)が低かったとして、その責任は経営サイドにあるだろうというのはもちろん理解できます。その場合、施策としては生産性を改善するようなマネジメントをトップダウンで実施していくことになるのだと思います。

しかし、僕はそれだけではどうも不十分な気がしています。責任を負うのは経営サイドだとしても、結局は一人ひとりの社員が生産性を上げなくてはいけません。個々人が仕事に対する認識を変える必要がありますし、スキルアップする必要もあるでしょう。そして、「日本人の生産性を上げる」という意味では、それは一つの企業に閉じた話ではありません。社会全体で生産性を上げていこうという流れが必要だと思います。

よくぞ言ってくれた

少し本の内容からずれてしまったので戻します。この本を読み終わった時の感想は、「よくぞ言ってくれた!」です。イギリス人である著者が、批判を覚悟でデータに基づいた客観的な指摘をしてくれています。しかも、本書の根底にあるメッセージは「日本人の潜在能力はこんなものじゃない、だから頑張ろう!」です。厳しく鋭い指摘ですが、日本への愛情を感じます。非常にありがたい話だと思います。

日本と言えば技術力が高いだとか、モノづくり大国だとか何となくのイメージで語ってしまうことが多いですが、例えば下記の指摘などは、確かに、と思わされました。

トヨタなどの一部製造業の生産性の高さを示すデータはいくらでも存在しますが、日本経済全体の生産性の高さを証明するデータはなく、むしろ低さをあらわすデータが多いです。トヨタなどの「カイゼン」の印象があまりにも強いため、他の日本企業もトヨタ同様に生産性が高いに違いないという「思い込み」を生み出してしまっている可能性があるのです。

とは言え、この本の内容を無批判に受け入れるべきだと言っているのではなく、読み手としては一旦受け入れて考えてみるという態度が必要なのだと思います。

というわけで、この本は経営者の方には特におすすめですが、そうでなくとも「日本人の仕事のやり方」を客観的に捉え直すという意味では仕事をしている全ての方におすすめできる内容だと思います。興味がある方は是非読んでみて下さい!

ユーザーイリュージョン

今日は、トール・ノーレットランダーシュ 著の「ユーザーイリュージョン 意識という幻想」という本をご紹介したいと思います。著者はデンマーク人で科学ジャーナリストの人物。この本のデンマーク語版は13万部(人口比で換算すると、日本では250万部相当)も売れ、以来8ヶ国で翻訳・出版されたということです。

500ページを超える大書で、価格も4,200円とかなり読み応えのある本です。僕は以前から読みたいと思っていたのですが、幸運にも近くの図書館で見つけることができたので読んでみることにしました。

この本の主題は「意識」です。タイトルにユーザーイリュージョンとありますが、これはパソコンのユーザーインターフェースを考えるとわかりやすいでしょう。パソコンの画面にはデスクトップがあり、フォルダやゴミ箱が配置されています。しかし、実際にそこにフォルダやゴミ箱があるわけではありませんよね。意識も同じだということです。イリュージョン(幻想)とある通り、意識とは幻想、錯覚なのだというお話です。

この考え方自体は以前にも神経科学の本で読み、既に知っていた論点なのですが、本書はそれをものすごく掘り下げていったという感じです。また、扱っている分野も極めて多岐にわたります。始めて聞くような分野の話も沢山あり、僕も正確に把握できていないので訳者あとがきから引用してみましょう。

さて、本書「ユーザーイリュージョン」だが、著者の構想の雄大さと知識・調査範囲の広さには圧倒される。物理学、熱力学、統計力学、情報理論、サイバネティックス、心理学、生理学、生物学、哲学、社会学、歴史学、宗教、倫理と、様々な分野に話がおよび、カオス、フラクタル、エントロピー、ブラックホール、複雑系、ガイア、「外情報」、「私」、「自分」といった用語が飛び出す。

本当に、著者の守備範囲の広さには圧倒させられます。情熱というか、この本に対する思い入れが伝わってきます。それでいて、難解すぎることもなく、文系の僕でも最後まで読み切ることができました。扱っている話題が話題なので、決して読みやすい本とは言い難いかも知れないですけどね。ただ、知的好奇心をこれでもかと刺激してくるので、なかなか良いペースで読めたと思います。

さて、構成を見てみましょう。本書は4部構成になっていて、メインとなる「意識」について書いてあるのは2・3部です。1部は主に熱力学、情報理論について書かれており、4部ではガイア、カオス、フラクタルなどが紹介され、結びへと繋がります。手っ取り早く「意識」についての話を知りたい方は、2・3部だけを読んでも十分に楽しめる内容だと思います。

では、この本で僕が学んだこと、なるほどと思った論点の中からいくつか紹介したいと思います。

まず、「情報」について。通常、ある物事についての情報を誰かに伝えようとする際、その物事について「そのまま」伝えるというのは難しいですよね。縮尺が1/1の地図を作るようなものです。普通は膨大な情報の中から、伝える必要のない情報を捨て、纏め、編集して伝えるということをします。この本によれば、実際に伝えられた情報そのものはたいして重要ではないのだと言います。重要なのはその情報が発信される前までに、どれだけの情報が捨てられてきたか、それが情報の深さを表しているのだと。

これは、僕たちの通常の感覚には反します。情報量が多い、といった場合、伝えられるメッセージそのものの量が多い、という風に解釈しますが、情報理論では捨てられた情報の量で情報量を計るようですね。

この考え方を知って個人的に思ったのは、情報が氾濫している昨今で、如何に情報を捨てるかということの重要性は、どんどん高くなってきている気がします。膨大な情報の中から取捨選択し、自分なりにどう理解するのかが重要ですよね。仕事で何かを調査する場合などでも、調査した資料をそのまま提示しても、何も伝わりません。その中に何らかの意味を見出し、メッセージとして集約する作業が必要になります。

続いて話は「コミュニケーション」へと移ります。上記の考え方で行けば、伝えられるメッセージは、既に大量に情報が処分されたものである可能性が高い。なのに、何故伝わるのか、という問題です。これを考えるために、この本ではコミュニケーションのプロセスが紹介されているのですが、なるほどと思いました。

まず最初に、発信側が考えます。何かの経験や感情、記憶などを集約しメッセージを作る過程で沢山の情報が捨てられます。充分に集約されると、最後に何かしら口に出して言える言葉が残ります。これが会話を通して相手に伝わります。伝えられる側では、伝わってきた言葉に込められた意味を明らかにするために頭の中で解きほどかれます。集約→伝達→展開、というのがコミュニケーションなのだ、という考え方ですね。

物事を伝えるには如何に集約するか、物事を理解するには如何に展開するか、という考え方はとてもわかりやすいと思いました。集約前の情報と展開後の情報が似たようなものになったとき、「伝わった」ということになります。

さて、この辺りから意識の話に入ります。僕たちの無意識は、日々膨大な情報を処理していると言われます。そのうち、意識の上るのは100万分の1だとか。実際に僕たちの行動の大部分は無意識のうちに行われていると言います。それ自体も驚くべきことなのですが、意識は、それだけの情報をリアルタイムに捨てていると考えることができます。それだけの情報処理をするのには時間がかかるはず、ということで本書のテーマである「0.5秒」という内容に入っていきます。

この0.5秒という数字、人が行動しよう!と意識する0.5秒前に脳の中では既に行動を開始する脳波が出ている、という実験や、人が何かを知覚する際、刺激より0.5秒遅れて自覚する、という実験から導き出されたものです。しかし、何か刺激を受けると、僕たちは即座に反応しますよね。これは、脳が時間の繰り上げ調整を行って、リアルタイムに経験しているようにしているためにそう感じるのだそうです。じ、時間の繰り上げ調整!?

意識や脳に関する本を読んでいると、こういう刺激的な内容がどんどん出てくるんですよね。この本も例外ではありませんでした。錯覚の話なども出てきますが、結論として導かれるのは、意識というのはユーザーイリュージョン(つまり幻想)であって、僕たちは「ありのままの世界」を経験しているわけではない、ということになると思います。

こういう話を聞いてどのように解釈するのかは人それぞれだと思いますが、訳者あとがきに、それに関する著者の主張がうまくまとめられているので、それを引用しておきたいと思います。

そこで、人間は意識がイリュージョンであることを自覚しなければならない。意識ある「私」と無意識の「自分」の共存が必要だ。「私」が自らの限界と「自分」の存在を認め、「自分」を信頼し、権限を委ねることが「平静」の鍵となるというのも、理にかなっている。

さらに、本文で僕が気に入った一節も。

人はお互いについて、意識が知っているよりはるかに多くを知っており、またお互いに対して、意識が知っているよりはるかに多くの影響を与え合っているからだ。人間はなんとしても、自分が身体の芯から正しいと思うことをやらなくてはいけない。なぜなら、その効果は私たちが意識しているより大きいからだ。
私たちは自分の行動の主導権を意識に委ねてはならない。意識を働かせ、熟慮したうえで、最も適切だと思えることだけを実行するようではいけない。直感に従って行動すべきだ。

如何でしょうか。無意識の存在を認め、信頼し、ある程度委ねるべきだ、という主張がなされていますね。無意識も含めて「自分」なのだという認識を持ち、無意識の反応である直感を信じろということなのでしょう。

自分のことは全て把握しているというのは、少々思い上がりなのかも知れませんね。自分についてでさえ、知っているのは一部分であるし、知らない部分も含めて自分なのだから、どちらの自分も喜ぶような生き方を目指したいものです。そういう生き方が出来た時、著者の言う大きな「効果」が生み出せるのかも知れません。

この本は纏めるには内容が充実しすぎていますし、僕が無知な故に間違って解釈している部分もあるかと思います。こういう内容に興味を持たれた方は、是非本書を手にとって読んでいただけたらと思います。色々なことを考えさせてくれると思いますよ!おすすめです。

コンセプトのつくりかた

今日は、玉樹真一郎 著の『コンセプトのつくりかた 「つくる」を考える方法』という本をご紹介したいと思います。ここ最近は読書はしているものの、訳あって心理学やら神経科学やらの小難しい専門書をひたすら読み漁っていました。そんな事をしているとかなり疲弊してくるので、ちょっと気分を変えて違うジャンルの本を手に取ってみました。読んでみると個人的にかなり面白かったので、是非共有したいと思います。

この著者は、大ヒットした任天堂のゲーム機「Wii」の元企画担当者が書いた本です。内容はタイトルの通りシンプルで、どうやってコンセプトをつくるかについて書かれています。コンセプトとは何か?ということについて著者は「まえがきのまえ」というページで以下の様に述べています。

広告やコンサルティング業界の人が振りかざす、小難しい道具?
何やらクリエイターに必要なアイデアとか発想とか?
…実は違います。
私たち誰もが、何かをするとき、生み出すときに最初に考えること。
それが「コンセプト」です。

何やらモヤっとしていて結局何が言いたいのかわからないでしょうか?実際、著者はこの「コンセプト」という言葉に色々な意味や思いを込めて使っています。何かを進めていく際に立ち返る場所、という意味でも使っていますし、世界を良くする方法、また自分と世界をつなぐもの、というように。後で僕なりの解釈はご紹介しますが、著者の真意は、是非実際に本書を読んで理解していただきたいと思います。

では、この本を読んで面白いと思ったこと、参考になったことをご紹介していきたいと思います。まず最初は、何と言っても極めて具体的にコンセプトの作り方を説明してくれている点だと思います。冷静に捉えれば、企画・アイデア発想法、特にブレインストーミングの手法をわかりやすく説明しているに過ぎないのかも知れませんが、僕が「参考になった」と感じたのは以下の点からです。

ブレインストーミング、これはアイデア出しをする時などに行う会議の手法なのですが、簡単に言えばとにかく制約を設けずに次々と自由にアイデアを出しまくる方法のことです。これを発散と言います。しかし、最終的にはその発散したアイデアを纏めないと収拾がつきませんので、もう出尽くしたな、と思ったら次はそれを収束させていきます。

僕は個人的に、ブレインストーミングの難しさは発散ではなく、収束にあると思っています。僕が不勉強なせいもあるでしょうが、今まで読んだ本の中で、ここまで収束のやり方を具体的に説明してくれている本はありませんでした。従ってブレインストーミングをやったけど収集がつかないよ!という悩みをお持ちの方は、とても参考になると思います。

この本を読んで面白かったこと、参考になったことの二つ目。それはコンセプトの作り方を、実際に「Wii」のコンセプトを作った時の例を挙げて説明してくれているところです。Wiiは家庭用ゲーム機の裾野を広げたと言っていいと思いますが、その製品のコンセプトがどのようにして作られたのか、それを追体験できるのはとても面白いと思います。特にゲーマーの方は「なるほど、そうだったのか!」と思う瞬間があると思いますよ!

そして三点目。それは著者が「コンセプト」という言葉に込めた思いに触れられたことです。著者は、明らかに辞書的な意味を拡張して「コンセプト」という言葉を使っているのですが、それはもはや自分の情熱、使命、アイデンティティに関わるほど深いものだと思います。

まず最初に強調されるのは、世界を良くするための指針、という部分です。もちろん、営利団体が行う事業はその背後に利益を出さなくてはならない、という宿命があるのですが、それよりも、どうやったらもっと世界が良くなるか、という思いがコンセプトには込められるべきなんだということを強く感じました。

それから、その「良さ」というものが既存の良さではなく、未知の良さであるべきだということ。既に誰もが価値を認めているような「良さ」ではなく、世の中の人が「おお、こんな良さもあったのか」と思うような、そんな未知の良さを世界に提案するために、著者の言うような「コンセプト」が不可欠なのだと思います。もちろん、既存の良さを追求していくという戦略もあり得るのですが、それをするには莫大なリソースが必要だよ、という現実的な視点も混ざっています。

そんなコンセプトを生み出すためには、方法論だけでなく自分の本質や根源から様々な思いを絞り出すことが重要です。この本を読んでいて、著者の言うコンセプト作りは、自分のアイデンティティを構築していく作業にとてもよく似ているなと思いました。

さて、ここでは大きく3つのポイントを挙げてみましたが、他にも参考になるポイントが沢山あると思います。文章も読みやすく、ゲームになぞらえた表現なども出てくるので、さらっと読めてしまいます。何か新しく行動を起こしてやろう、と思っている方には是非読んで頂きたいオススメの一冊です。勇気をもらえますよ。

幸せがずっと続く12の行動習慣

今日は、ソニア・リュボミアスキー 著の「幸せがずっと続く12の行動習慣」という本をご紹介したいと思います。著者は心理学の教授で、ハーバードで学士を、スタンフォードで博士を取ったようです。すごい経歴ですね。

この本は、「幸せ」というものを真剣に研究し、幸せになるためにはどうすればいいのかを科学的な観点から解き明かした本です。結論から言うと、本当に素晴らしい本でした。

僕が見た時点では、Amazonでのレビューが全て5点満点(!)だったのですが、実際に読んでみて充分に頷ける内容だと思いました。「幸せ」という難しいテーマにこだわって研究している著者の熱意もすごいですが、書かれていることは全て裏付けがあり、怪しげな自己啓発本とは一線を画しているという所がポイントだと思います。

伝統的な心理学では、精神疾患の治療に重きが置かれていたため、どちらかというとネガティブな状態をゼロに戻す、そんな研究が主となってきました。しかし近年、心理学の知見をもっとポジティブに生きるためにも使えるのではないか、ということで「ポジティブ心理学」なるものが注目されているようです。この本もそのポジティブ心理学について書かれた本です。

さて、この本を読んでいてまず勇気づけられるのは、「人の幸せは何によって決まるのか」について書かれた部分です。その答えは、「遺伝」「環境」「意図的な行動」です。さらに、それぞれが人の幸福感に与えるインパクトは、50%、10%、40%という割合になっています。皆さんはこの数字を見て、どのように思われるでしょうか。

間違えて欲しくないのは、「実際に幸せかどうか」ではなく、「幸せだと思うかどうか」がこの割合で決まるということです。その上でこの数字を見てみると、やはり遺伝の影響は大きいですね。著者はこの遺伝によって決まる部分を、基準点(初期設定値)という呼び方で読んでいます。人が感じる幸福度は、生まれつきある程度決まっていて、様々な出来事によって上下動はするものの、ある程度の時間が経つと基準点に戻る特性があるようです。

次に環境ですが、10%しかないというのが面白いですね。これについて著者の言葉を引用してみましょう。

おそらく、最も意外に思われるであろう結論をこの円グラフは示しています。「裕福か、貧乏か」「健康か、病気がちか」「器量がいいか、人並みか」「既婚者か、離婚経験者か」などの生活環境や状況による違いは、幸福度のわずか10%しか占めない、ということを。

この原因は、「快楽順応」というキーワードにあります。人は、環境の変化に、驚くほど早く「慣れてしまう」のだそうです。著者はこの原因として、願望がどんどん大きくなっていくこと、まわりの人と比較してしまうこと、の二つを挙げています。著者によれば、「多くの人が幸せになるために環境を変えようと努力するが、これこそ幸せを追求する上での最大の皮肉」だそうです。

さて、遺伝と環境、合わせて60%ですが、遺伝は変えられるものではありませんし、環境は変えるのに大きな労力を要する割には効果が小さい。そう、鍵は残りの40%、つまり「意図的な行動」にあるというのが本書のテーマです。行動習慣を変えることによって、幸福度は高めることができる、というわけです。

ちなみに、監修者のあとがきにもありましたが、40%までしか幸せになれない、という意味ではありません。40%を使って非常に幸福な状態になることも可能です。これは体重に例えることができます。元々太りやすい体質かどうかは遺伝で決まりますが、適切な栄養管理や運動を行うことで痩せることは可能です。幸せについても同じ。元々幸福度を感じにくい体質であっても、意図的な行動によって幸せになることはできるのです。

では、その意図的な行動とは一体何か?タイトルにもあるように、12の行動を習慣付けることが提案されています。しかし、一度に12もの行動を行うのは無理があります。そこで、「幸福行動診断テスト」というものがあります。これは、12の行動のうち、自分に合ったものがどれかを診断するためのテストで、まずはテストで得点の高かった4つから行動に移しなさい、とされています。12の行動とは、下記のような内容です。

  1. 感謝の気持ちを表す:自分が恵まれていることを数えあげるとか、これまできちんとお礼を言ったことがない相手に感謝やありがたいという思いを伝えること。
  2. 楽観的な気持ちを高める:将来の最高の自分を想像したり、それについて日記に書いたり、あるいはどんな状況でも明るい面を見ること。
  3. 考えすぎない、他人と比較しない:問題についてくよくよ悩んだり、自分を他人と比較したりしないために何かをすること。
  4. 人に親切にする:相手が友人であっても見知らぬ人でも、直接にでも匿名でも、その場の偶然でも計画したものであっても、人に親切にすること。
  5. 人間関係を育む:もっと強めたい人間関係を選んで、それを深め、確認し、楽しむために時間やエネルギーを注ぎ込むこと。時には修復することも含む。
  6. 問題に立ち向かうための対策をとる:最近のストレスや困難を克服したり、トラウマから学んだりする方法を身につけること。
  7. 人を許す:日記をつけたり手紙を書いたりして、あなたを傷つけたりひどい扱いをした人への怒りや恨みを手放そうとすること。
  8. 心から打ち込める活動をもっと増やす:家庭や職場で「我を忘れる」ほど打ち込め、やりがいがあり没頭できる経験を増やすこと。
  9. 人生の喜びを深く味わう:人生の喜びや驚きの時間にもっと注意を向け、そのことを味わい、思い出すこと。
  10. 目標の達成に全力を尽くす:自分にとって意味のある重要な目標を1つ~3つほど選び、時間を費やして追い求める努力をすること。
  11. 宗教やスピリチュアルなものに関わる:教会や寺社などにもっと足を運び、スピリチュアルなものをテーマにした本を読んだり、そうしたものについて考えたりすること。
  12. 身体を大切にする:運動や瞑想を行うこと。

注目すべきは、これらの行動に幸福度を高める効果がある、ということが少なくとも現在の心理学で実証されているということだと思います。ちなみに僕は、楽観的な気持ちを高める、人間関係を育む、心から打ち込める活動をもっと増やす、人生の喜びを深く味わう、という4つが当面の行動目標になりました。

もちろん、本書にはそれぞれの行動についての詳細や、具体的にどんなことをすればいいのかなどがきちんと示されています。誰もが幸せになりたいと願っています。しかしその方法を見つけることは難しいですし、あったとしても怪しげな感じがしますよね。この本はその点にとても配慮して書かれていると思いますので、どんな方にもオススメできる一冊です。幸せになりたい!という方は是非読んでみてくださいね。

感情力 自分をコントロールできる人できない人

今日は、フランソワ・ルロール & クリストフ・アンドレ 著の「感情力 自分をコントロールできる人できない人」という本をご紹介したいと思います。著者は二人とも精神科医なのですが、一般の人向けに書かれていてわかりやすいです。また、文章から優しさのようなものが感じられるからでしょうか、読むと楽になれるような気がします。

さて、この本のテーマは「感情力」。感情力とは何かというと、感情の力をうまくコントロールする力のことです。この感情力、概念としてはEQ(感情知能)にとても似ているのですが、感情をうまく表現したり、それを踏まえて行動したりする「能力」にフォーカスするためにあえてこのような表現を使っているとのことです。本書では、以下の要素を「感情力」としています。

  • 怒りでも悲しみでも嫉妬でも喜びでも、自分がどんな感情を抱いているかに気づき、またそのことを率直に認める能力
  • 人間関係を壊すのではなく、コミュニケーションがうまくいく形で感情を表現する能力
  • 感情に突き動かされたり、反対に激しい感情のせいで何もできなくなったりするのではなく、感情をうまく利用して適切に行動する能力
  • 相手の感情を理解し、適切に反応する能力

先日ご紹介した「サーチ!」という本でもご紹介した通り、EQは自分を省みる能力、他者と共感する能力のことです。たしかに、感情力とEQはとても似ていますね。

感情と言っても様々な種類の感情があります。著者は、感情にはいくつかの基本的なものがあり(基本感情と言います)、それらが結びつくことで複雑な感情ができあがっていると言います。どの感情が基本感情にあたるかは諸説あるようですが、本書を読む限りでは、チャールズ・ダーウィンが唱えた「喜び」「驚き」「悲しみ」「恐怖」「嫌悪」「怒り」の6つが有力なようです。

ある感情が基本感情かどうかを見分ける基準は、いくつかあるようです。

  • 突然感じられること
  • 長く続かないこと
  • ほかの感情と区別がつくこと
  • 赤ん坊にもあること
  • 特有の身体的な反応を伴うこと
  • 普遍的な表情を持っていること
  • 同じ経験をしたら誰もが感じるということ
  • 類人猿にも同じ様な感情が見られること

簡単にまとめると、基本感情は「反応」であり、我々人間(とその仲間)が生まれつき持っているもの、という感じでしょうか。

この本では、基本感情かどうかに関わらず、重要だと思われる感情について1章ずつ取り上げています。その感情とは、「怒り」「羨望」「喜び、上機嫌、幸せなど」「悲しみ」「羞恥」「嫉妬」「恐怖」「恋愛」です。

それぞれの章では、それぞれの感情がどのようなものなのか、何の役に立つのか、どのような仕組みで生まれるのか、そしてその感情とどううまく付き合っていくか等について丁寧に解説されています。具体的な例を交えた説明なので、とてもわかりやすいです。

感情は勝手に湧きあがってくるので特に意識したことはありませんでしたが、進化論的に考えると「その感情が今の我々に残っているというこは意味がある」ということになります。

例えば「怒り」には戦う準備をさせるという役割と、威嚇という役割があります。怒りは覚えると筋肉が収縮し、心臓の鼓動が速くなるのですが、これは素早く動くための準備なのだそうです。また、「怒り」の表情は世界共通であり、これを知らせることで無用な戦いを避けることができます。特に野生の世界では、戦いは死に直結する可能性が高いので、怒っていると伝えることで抑止力となるわけですね。

このように考えると、感情には意味があるということがよくわかります。ポジティブな感情なら大歓迎ですが、ネガティブな感情はできれば味わいたくないものです。でも、例えネガティブな感情が湧きおこってきても、その背後にある「意味」を理解していれば、ちょっと冷静になれるかも知れませんね。実際、このようなアプローチはカウンセリングなどで使われる認知療法で使われています。

個人的には、何を幸せと感じるかは性格に関係しているのではないか、という部分がとても面白かったです。性格分析には以前ご紹介した「ビッグファイブ」という性格分析アプローチが出てきます。実際に当てはまるかどうかは別にして、自分の性格から目指すべき幸せを考えてみる、というのも面白いかも知れません。

この本は、特定の感情がコントロールできなくて困っている方はもちろん、「感情」そのものについて勉強したいと思っている方にもとてもオススメの一冊です。気になる方は是非読んでみてください!

サーチ! 富と幸福を高める自己探索メソッド

今日は、チャディー・メン・タン 著の「サーチ! 富と幸福を高める自己探索メソッド」という本をご紹介します。著者はGoogleの人材育成担当者で、実際に行われているGoogleの研修プログラムを「オープンソース」として広めるために本にしたものだそうです。

プログラムの共同開発者は「EQ こころの知能指数」で有名なダニエル・ゴールマン。この人が関わっているのと、Googleではどんな研修が行われているのか、という興味から手にとって読んでみました。

この本のテーマはやはりEQ。対人関係や仕事の能力に影響するとされる、「情動的知能指数」のことです。著者はこのEQの中核を成すのは自己を知ることであり、そのためには「マインドフルネス」という心のトレーニングが重要だと説いています。

EQの詳しい解説はここでは省略しますが、EQは以前ご紹介したハワード・ガードナーの言うところの、「内省的知能」と「対人的知能」と対応しています。自分を省みる能力、他者と共感する能力、ということなのですが、その基礎となるのがやはり自己との対話、つまり自分をよく知ることなのだと思います。

では、ここで出てくる「マインドフルネス」とは何なのでしょうか?マインドフルネスの定義は色々あるようですが、「特別な形、つまり意図的に、今の瞬間に、評価や判断とは無縁の形で注意を払うこと」あるいは「自分の意識を今の現実に敏感に保つこと」などと言われているようです。そして、このマインドフルネスを鍛えるために瞑想をせよ、と言うのです。

瞑想?そう、瞑想です。正直、僕は今まで瞑想というものを科学的に捉えたことはありませんでした。自己啓発系の本を読んでいると、結構瞑想の話が出てくるのですが、「何か怪しい」という理由であまり注意を払ってきませんでした。僕はスピリチュアルな考え方は嫌いではありません。が、いざ自分が実践するとなると「何故それがためになるのか」という問いに納得できないとなかなか手が出ないのです。

しかし、この本を読んで瞑想に関す捉え方がガラッと変わりました。著者はこう言います。

瞑想には謎めいたところは少しもない。じつのところ、瞑想はたんなる心のトレーニングにすぎない。

よく考えてみれば著者はGoogleの社員で、元エンジニアだと言います。その彼が「瞑想が重要だ」と言うのはなかなか面白いですが、近年の神経科学の発展により、瞑想の効果が科学的にどんどん証明されているのだと言います。それどころか、あのダライ・ラマも瞑想の科学的な研究に好意的だと言います。以下はダライ・ラマの著書より。

もし科学的分析によって、仏教の主張の一部が誤りであることが決定的に立証されるようなことがあれば、私たちは科学の発見を受け入れ、誤った主張は捨てなくてはならない。

というわけで、僕も瞑想をやってみよう!という気になりました。しかし、なんか難しそうだしちゃんと続けられるだろうか、という心配もあります。ご心配なく、この本ではかなり低いハードルで、誰でも気軽に瞑想を体験し、持続できるような方法を沢山紹介してくれています。しばらく寝る前に少しずつ、瞑想をしてみようと思います。

さて、瞑想によってマインドフルネスとやらを鍛えたとして、どんな良いことがあるのでしょうか?瞑想とはつまり、自分の「注意」をコントロールする心の技術なのだと言います。自分の注意を意のままにコントロールできれば、自分の情動がどこに向いているか、自分はどんな人間なのか、などを明確に把握できるようになるそうです。そして自分をよく知るということは、自信に繋がります。

他にも自己統制、自己動機づけ、共感やリーダーシップ、こういったもの全てにマインドフルネス、つまり自分の注意をコントロールする能力が関わっているというのです。

自己認識(自分との対話)と他者との共感に一体どのような関係があるのかと疑問に思いながら読んでいたのですが、どうやら自己認識と共感は、使っている脳の部位が似通っているそうです。つまり、自己認識が優れている人は、共感能力も高いというわけですね。

さて、読んでいるだけでもとても面白いこの本ですが、実際にGoogleで高い効果を上げているとのことですので、是非僕もやってみようと思っています。興味がある方は、是非読んで、そして実際に試してみて頂きたいと思います。

個人的には、僕もエンジニアの端くれであること、そしてどういう訳か今は「人がよりよく生きるにはどうすればいいか」にとても興味があること、などの点で著者に親近感を抱きました(もちろん、ステージは全く違いますが)。彼の人生の目的は、この「サーチ!」というプログラムを通じて世界を平和にすることだそうです。

僕もゆくゆくは自分の考えを纏めたプログラムを作って世の中に広めていきたいと考えています。そういう意味では、著者の考え方、アプローチ、そして出来上がったプログラムも、全てとても参考になったと同時に、刺激にもなりました。大きな目標や夢を持っている方は、そういう視点で読んでみても面白いかと思います。

なぜビジョナリーには未来が見えるのか?

今日は、エリック・カロニウス 著の「なぜビジョナリーには未来が見えるのか? 成功者たちの思考法を脳科学で解き明かす」という本をご紹介したいと思います。著者はウォールストリートジャーナルやニューズウィークなどで活躍しているジャーナリスト。脳科学の棚にあった本ですが、専門書ではないのでとても読みやすいです。

さて、「ビジョナリー」とは何でしょうか?将来を見通す力、つまりビジョンを持った人のことをビジョナリーと呼んでいるようです。ただ、ビジョンを持っているだけでなく、そのビジョンを実現するためにはどんなことも厭わない、そんなニュアンスも含まれています。この本に出てくるビジョナリーは、ヴァージングループのリチャード・ブランソン、アップルのスティーブ・ジョブズなど、いわゆる成功者と呼ばれる人たちです。

今まで、彼らの成功の秘訣を解き明かそうとした本は沢山ありましたが、この本の面白いところはそれを脳科学の観点からやろうとしたことだと思います。脳科学は近年急激に進歩し、様々なことがわかってきています。「はじめに」では以下のように語られています。

とりわけ、脳が「ビジョンをもたらす装置」であるという発見が興味深い。脳には元々、私たちの思考に「像」をもたらし、実在しないものの青写真をつくる機能が備わっている。また、脳には顕在意識で解決できない問題を無意識下で解決しようとする傾向があることや、絶えずパターンを探し求めていること、自分を取り巻く世界をつねにつくり変えていることも明らかにされつつある。

脳が「ビジョンをもたらす装置」という考え方は、とても面白いですね。確かに僕たち人間は、まだ現実化していない自分の考えを、想像力を使ってありありとイメージすることができます。成功者と言われる人たちが、そんな不思議な装置である脳をどのように使っていたのか、とてもわくわくしながら読むことができました。

この本では、ビジョナリーが優れている点を以下のように挙げた上で、それらを脳科学的に見るとどういうことなのか、という考察が加えられています。

  1. 発見力
    僕たちの脳は、常に「パターン」を探していると言います。日々膨大な情報に晒されている脳は、物事をパターン化することで、効率良くものを記憶しているのです。何かを発見するということは、このパターンを見つけることに他なりません。ビジョナリーは、普通の人がなかなか見つけられないパターンを見つけることに長けているのだと言います。しかし、彼らは存在しないものを見ているものではなく、目の前にあるものを見ているだけなのだ、という指摘にはちょっと勇気づけられます。
  2. 想像力
    脳の研究から、想像で描いた像と、実際に物や人を見た像は、どちらも脳内の同じ場所で生み出されると言います。つまり、想像力が生みだす像は、実際に目で見たものと同じくらいリアルに感じられるということでしょう。ビジョナリーには、これから実現しようと思っているアイデアが「見えていた」と言います。そのためには、ただ寝そべって頭の中で考えるのではなく、現実世界に出て行って、様々なことを自ら経験することが大事だそうです。
  3. 直観
    直観については以前からこのブログでもご紹介していますが、直観とは無意識の声です。何かを決断する時、無意識が大統領、顕在意識は報道官である、という例えが出てきますが、無意識の力は普段僕たちが意識しない間にもずっと働いていて、それが直観という形で浮かび上がってくるということですね。
    しかし、直観が常に正しいわけではありません。間違ったパターンにとらわれることもあります。しかし、ビジョナリーは、自分の直感が正しいのか間違っているのかを判断できると言います。それは、実践で経験を積み洞察力を鍛えているから、ということのようですね。
  4. 勇気と信念
    脳には、目的意識を背後から操る神経伝達物質があるそうです。それがドーパミンです。ドーパミンは、人にやる気を起こさせ、目的を魅力的なものに思わせる働きがあるそうです。また、新しいパターンを見つけることを促す作用もあるのだとか。
    ビジョナリーは、高い目的意識を持っています。おそらく、ドーパミンが多い放出されているのではないでしょうか。そう考えると、ある意味で目標に向かって突き進まざるを得ない「達成依存症」と言えなくもないかもしれませんね。そして、高い目的意識の背後には、何かを「よりよくしたい」という強い情熱があることも合わせて指摘されています。
  5. 共有力
    たとえビジョナリーであっても、一人で何かを成し遂げることは難しいでしょう。彼らは、人を巻き込むのが得意なのです。彼らが熱意を持っているのはわかりますが、何故人は巻き込まれてしまうのでしょうか。著者はミラーニューロンが関係する可能性が高い、と述べています。ミラーニューロンは、他者の感情を自分の感情として感じるニューロンのことです。つまり、彼らはミラーニューロンを通じて熱意を他者に感じさせることが得意だということなのでしょう。偽りのない、自分の心の奥底から湧き出るありのままの情熱が人を動かす、これはいわゆるカリスマ性の正体かも知れません。

  6. 成功するかしないか、そこに運の要素はつきものです。ビジョナリーは運がいいようです。しかし、運をコントロールすることはできるのでしょうか?どうやらこれは、決してあきらめない、チャンレンジする機会を増やす、ということが関係していそうです。そして、最終結果をコントロールすることはできなくても、ここに挙げたような様々な能力を使って一回一回のチャンレンジの精度を上げることもできるのです。

さあ、如何だったでしょうか?脳は大人になっても成長を続けると言います。こういったことを取り入れれば、ビジョナリーになれるかも知れませんね!本書には他にも、「ビジョンを曇らせるもの」「ビジョナリー気取りの誤算」「ビジョンを習得することは可能か?」など興味深い論点が用意されています。ビジョナリーと言われる人たちのエピソードが多く含まれているので、読んでいてとても面白いですよ。機会があれば、是非読んでみてくださいね!

人を動かす[超]書き方トレーニング

今日は、苫米地英人 著の「人を動かす[超]書き方トレーニング 劇的な成果が手に入る驚異の作文術」という本をご紹介したいと思います。著者の苫米地さんという人は、脳機能学者で、オウム真理教事件の際には信者の脱洗脳にも関わったらしいです。

著者はネットや書評などで様々な言われ方をしているようですが、僕が読んだこの本に関しては大変まともな文章術の指南書でした。詳細な文法などの話は出てきませんが、人に読んでもらうための文章をどうやって書けばいいのか、その力を鍛えるためにはどうすればいいのか、が明快に書かれているお奨めの一冊です。ただし、対象としている文章が一般的な文章で、小説などの文芸作品ではないので、その点は注意が必要です。

当たり前のことですが、何かを書き、人に読んでもらうからには、何らかの形で「役に立つ」必要があります。著者は、「書き手は読み手よりも知識量が圧倒的に多いことが前提」としています。これは一般的な文章が情報の伝達を目的としているので、書くべき内容がないのに文章力を挙げても意味がない、ということなのでしょう。基本的なことですが、何かを伝えるには少なくともある程度の勉強は必要、ということは肝に命じておきたいですね。

この基本を押さえた上で、僕が参考になったポイントをいくつかご紹介します。

全体像ができあがってから書きはじめる

これも当たり前のことなのかも知れませんが、僕は文章を書こうと思い立ち、構成を考えずにすぐに書き始めてしまうことがよくあります。こうして書き始めた文章は、運が良ければ当初の目的通りの文章になりますが、場合によっては途中でどんどん脱線し、書き終わってみたら別モノになっていた、なんてこともあります。

本書では、「ゲシュタルト」という概念でこれを説明しています。ゲシュタルトとは、部分の総和以上の全体が出来上がること、と定義されています。例えば音楽は音符の集まりですが、全体として見たときに音符の集まり以上の「楽曲」というゲシュタルトになります。文章もこれと同じで、単なる単文の集まりではなく、全体としてゲシュタルトとして完成されている必要があるのです。

構成を考えてから文章を書く、というのはここで言うゲシュタルトを先に作ってから書き始めるということです。それができていないと、意図したゲシュタルトとは別のものができてしまったり、意味のわからないゲシュタルトができてしまったりします。

スコトーマのジレンマを解消する

耳慣れない言葉ですが、人に文章をきちんと読んでもらうためには、「スコトーマ」を解消しなければならない、と著者は言います。スコトーマとは、既成概念にとらわれすぎることで、新しい情報が見えなくなる状態を指します。人の脳は新しい情報を取り込む時、既に持っている情報との関連付けで認識するのですが、この「既に持っている情報」というのが曲者なんですね。新しい情報を目にしても、「既に知っている」と勘違いした情報は頭に入ってこないということになってしまうからです。

つまり、人間の脳はしっていることしか認識できないけれど、知っていると思った瞬間にスコトーマの原理がはたらいて認識できなくなる、というジレンマがあるらしいのです。著者はこれのスコトーマを外すことが重要だと説きます。これは別の言い方をすれば、先入観をなくす、ということです。

スコトーマを外すというのは、それまで重要だと思っていなかったこと、スコトーマに隠れて認識されていなかったことが実は重要なことなのだと読者に気付かせてあげるということです。

具体的なテクニックとして、「文章を貫くコンセプトは一つに絞る」「キーワードはきちんと定義してい使う」などが紹介されています。どれも文章の基本だと思いますが、そうしなければならない理由をきちんと理解することができました。

論理的な文章を書く

論理的な文章とはどういうものでしょう?著者は、よく言われている三段論法は不確実な要素を表現できないため机上の空論だと言っています。それに変わる論法として「トゥールミンロジック」を使うべき、としています。これもまた聞き慣れない言葉ですが、要約すると以下のようになります。

  • 文章には、「データ」「ワラント」「クレーム」の3つの要素が必要。
  • データとは、主張する内容を裏付ける事実のこと。
  • ワラントとは、提示したデータがなぜ主張する内容を裏付けることになるのかという根拠のこと。
  • クレームとは、主張したい内容そのもの。
  • ワラントが抜け落ちることが多い。

他にも、「バッキング」「クオリファイヤー」「リザベーション」という要素があります。これらは三段論法に欠けている不確実性を補うためのものです。例外や、主張の強度(確立など)がこれに当たります。

書くための感性を磨け

最後の章に書いてあることがなかなかおもしろかったので紹介します。著者は人を動かす文章を書くには、文章力と感性が必要と言っているのですが、この「感性」は論理を超えたところにある、というのです。感性と論理は通常相対する概念として捉えられることがありますよね。しかし、論理を完全に極めたその先にあるのが感性だ、そしてその感性を発揮するにはやはり圧倒的な知識量が必要だ、というのはなるほどと思わされました。

この本では具体的なトレーニングの方法や、実際に文章を組み立てていく実例なども示されているので、読むだけでなく実際に手を動かしてトレーニングしていけば文章力が鍛えられると思います。詳細な文章テクニックを学ぶ前に押さえておいた方がいいポイントが沢山書かれているので、文章が苦手な方は是非読んでみては如何でしょうか?

人生の科学 「無意識」があなたの一生を決める

今日は、デイヴィッド・ブルックス 著の『人生の科学 「無意識」があなたの一生を決める』という本をご紹介したいと思います。著者であるデイヴィッド・ブルックスはニューヨーク・タイムズのコラムニスト。タイトルに「科学」とついてはいるものの、科学者が書いた本ではありません。

「謝辞」にも書いてありますが、著者は政治や政策、社会学や文化などの執筆を専門としている人です。本書では心理学や神経科学についての記述が多く出てくるのですが、それはもともとは「趣味」なんだとか。ジャーナリストがこのような本を書く「危険性」は承知しているが、近年の心理学、神経科学の成果は素晴らしく、それをどうにか一般の人に分かりやすく伝えたかった、ということのようです。

ここについては僕も同意見で、「人間」を考える上で最近の心理学や神経科学の研究は本当にためになるものだと思います。惜しむべきは、それらが本当の意味で実生活に生かされていない、ということだと思っています。ジャーナリスト、つまり世の中の人に伝える役割の人間として、「どうにかして伝えたい!」という思いがあったのだと思います。

本書は架空のストーリーという形で描かれています。別々の二人の人物が生まれ、出会い、共に人生を生きていくストーリーです。彼らの人生に起こる出来事について、心理学、神経科学はもちろん、経済学や哲学など、様々な観点からの考察が書かれています。著者は、「このような手法を採ることにしたのは、わかりやすいし、実感が伴う」からだと語っています。

読み終えた率直な感想は、人間というものが如何に複雑な生き物か、ということです。そして、僕たちが生きていく上で「無意識」がどれだけ重要な役割を果たしているのか、という著者の主張が、ストーリーを通して読むことで実感に近い形で理解できました。その点では、著者の試みは成功なのだと思います。

ちなみに、このストーリーの登場人物が送ったような人生が「幸福な人生」のモデル、というわけではありません。ある種の「成功観」のようなものを押しつける本でもありません。僕がこのストーリーの主人公のような人生を送りたいかと言われればちょっと疑問ですし、自分ならばこうする、という場面も沢山ありました。読者が注目すべきはストーリーの流れではなく、その裏側で何が起きていたのか、という考察だと思います。

そういう観点でこの本を読むと、「人生」というものについてこれほど包括的に語っている本はなかなかないのではないか、と思います。各論は専門書でよく出てくる話が多いので目新しさ自体はあまりないですが、それらが人生のどんな時に起こり、その後の人生にどんな影響を与えていくのか、という「流れ」や「つながり」がストーリーで語られることによってよく分かりました。

本書には様々な知見が登場します。その中で全体を貫くテーマは、何と言っても「無意識」の持つ力についてでしょう。

例えば人は何かを決断する時、「意識的に」決断していると思っています。しかし、実は無意識の内に既に決断は下されていて、後から意識に伝わる、ということがわかってきたようです。つまり、いくつかの選択肢があった時、無意識は感情という形でそれぞれの選択肢の価値を決めます。理性は、その価値の高いものを選ぶことになります。そういう意味では、意思決定の主役は理性ではなく感情で、その裏には大きな無意識のシステムが広がっている、と捉えることもできるでしょう。

これは無意識に関する論点のほんの一部でしかありませんが、このような無意識のシステムが、どういう過程を経て作られるのか、主人公たちの成長を追いながら解き明かしていく様は、なかなか面白いです。

そしてもう一つのテーマは、人間は社会的な生き物である、という主張だと思います。この点について、以下のように書かれています。

人間はもちろん生物である。生物である以上、その誕生についてあくまで生物学的に説明することはできる。受胎、妊娠、誕生というプロセスを経て産まれてきたわけだ。ハロルド(※ 主人公の名前)もそうだ。しかし、人間はそういう生物学的なプロセスだけではできあがらない。人間、特に人間の本質と呼べる部分ができるまでには、他の人間との関わりが必要になるのだ。

人間の人間らしさは、他の人間の影響なしには作られないということですね。

最後に、僕がなるほどと思った「合理主義の限界」という論点をご紹介しましょう。科学の限界と言ってもよいでしょう。科学的なアプローチで用いられる方法では、物事を小さな要素に分けて考え、それらの総和として全体を説明します。しかし、このアプローチで説明できないシステムがあります。それが「創発システム」と呼ばれるものです。個々の要素が複雑に関係しあい、全体が部分の総和以上になるシステムのことなのですが、人間もまた「創発システム」なのでしょうね。科学的に検証されていることはとてもわかりやすいというメリットがありますが、同時に限界もあるということを知っておいた方がいいのかも知れません。

さて、前述した通り、本書はとても包括的な本です。書かれている内容をまとめることはおろか、論点を書き出すだけでもものすごい量になってしまうと思います。そういう理由で一部の紹介に留めました。詳しい内容は、皆さん自身で確かめてみることをおすすめします。気になった方は、是非読んでみてくださいね!