脳の中の身体地図

今日は、サンドラ・ブレイクスリー & マシュー・ブレイクスリー 著の「脳の中の身体地図―ボディ・マップのおかげで、たいていのことがうまくいくわけ」という本をご紹介します。この本は親子(共にサイエンス・ライター)で書いているようです。サンドラ・ブレイクスリーは先日ご紹介した「脳のなかの幽霊」の共著者でもあります。

本書は、ライターが書いただけあって、このブログでご紹介した脳関連の本(「脳のなかの幽霊」「人間とはなにか?」)の中では一番読みやすかったと思います。これらの本と一部内容は重複するところがありますが、違う人が書いたものを読むことでさらに理解が深まりました。脳関連で面白い本を読みたいという方には、気軽にお奨めできる一冊だと思います。

さて、本書のタイトルにもなっている身体地図。本書に書かれていることを理解するには、この身体地図とは何かを理解する必要があります。著者によれば、脳の中はまさに「地図」だらけなのだそうです。地図とは、現実世界の縮小版で、地図上の点と現実世界の一点が対応しているものです。それと同じ様に、脳には身体のあらゆる点がマッピングされています。例えば、誰かに肩を叩かれたとします。そうすると脳の特定の領域にある神経細胞が活性化します。

実はこの地図、沢山の種類があります。前述した地図は触覚マップと言われる身体に対する触覚情報に対応する地図でした。運動マップという別の地図もあります。これは皮膚からの入力を受けるのではなく、筋肉に信号を送ります。例えば足を伸ばすと、足に対応した運動マップの足の領域が活性化します。これ以外にも、意図のマップ、行動能力に関するマップ、まわりの人々の意図と行動を追跡するためのマップ、などなど。本書ではこれらを比喩して、「身体の曼荼羅」という言葉で説明されています。

実は、このマップで本当に様々なことが説明できるのだそうです。この本では、以下のようなことが説明されています。

  • あくびがうつるわけ
  • 痛みが気分次第で変わるわけ
  • ビデオ・ゲームにはまるわけ
  • オーラが見えたり、体外離脱したりするわけ
  • メンタル・トレーニングがよく効くわけ
  • スポーツや音楽の達人がうまくいかなくなるわけ
  • 減量に成功しても太っていると思うわけ

などなど。話題が身近なものなので、とてもとっつきやすく、読んでいて面白いです。これらを読み解く上でキーワードになってくるのは、前述したマップは勿論ですが、それに加えて可塑性(かそせい)という特性があります。この可塑性は簡単に言えば、脳が新しいことを学習するたびに新しい神経接続ができ、既存の接続が強化されていくことです。つまり、脳の中のマップをどんどん書き換えていく性質です。これが脳の驚くような柔軟性を生み出しているひとつの理由だと思います。

では、上記の中で僕が面白いと思ったトピックをいくつかご紹介したいと思います。まずはメンタル・トレーニングについて。運動をやる人が、実際に体を動かす以外にメンタル・トレーニングをやって成績が上がるという話があります。メンタル・トレーニングには色々なものがありますが、特に効果があるのが運動イメージ法と呼ばれる方法です。いわゆるイメージ・トレーニングですね。

イメージ・トレーニングをしている時、脳の中で何起こっているのでしょうか。実は、イメージ・トレーニングを行うだけで、実際に運動しているのとほぼ同じ脳領域が活性化するのだそうです。つまり、脳から見ればイメージするのも実際に運動するのもほぼ変わらないということです。実際に検証すると、運動イメージ法を5日間続けた場合、身体的練習の3日分に相当したそうです。さらに、運動イメージ法5日間に身体的練習1日を組み合わせたところ、身体的練習の5日分に匹敵する効果が出たそうです。これは侮れませんよね。

ところで、体外離脱という言葉をご存じでしょうか?これは寝ている時などに自分の体から抜け出すような感覚のことを言うのですが、実は僕もこれを経験したことがあります。夜中にふと目が覚めると体が動かない状態だったのですが、しばらくすると、すっと体から抜け出して自分がベッドで寝ているところを真上から見下ろしているような感覚になりました。夢じゃないかと思いましたが、妙にリアルに感じました。この体外離脱について面白い記述があります。

とあるてんかん患者の治療のために、脳のさまざまな場所に電気刺激を与えていた時のことです。突然患者が、「天井に上ってしまった」と言いだしたそうです。患者が感じる空間内の位置と目に見える空間内の位置が電気刺激によって一致しなくなり、そのズレを説明するために脳が出した答えが「天井から見下ろしているように感じる」なのだそうです。普通の人でも血流の変化などによって起こることがあるらしいですよ。

ミラー・ニューロンについての章も面白いです。ミラー・ニューロンは人類を進化させた最大要因の一つとされている神経細胞のことで、自分で行動するときも、他人が行動しているのを見るときも、共に活性化する性質があります。つまり、他人の行動を見ただけで、自分が行動しているときと同じ様な反応が起こるのです。この細胞のおかげで、僕たちは模倣や共感など、様々な能力獲得したのだと言われています。

最後の章では、情動について触れています。僕たちは情動を心が感じている、と思っていますが、この本によれば、情動は身体から感じているのだそうです。そしてこの情動は、理性と切り離すことができないほど密接に影響し合っているのだそうです。このことが、「感情抜きにして」何かを決断することの難しさなのでしょうね。切り離すことができないのならば、むしろ積極的に感情に従ってみるといいのかも知れません。

情動は、たとえ意志の力でねじ伏せようと、意志決定のプロセスから本当に切り離すことはできない。新しい証明の道筋を立てようとしている数学者ですら、個人的な野心や好奇心、そして、ときとして背筋がゾクゾクするような、プラトンの言うところの数学そのものの美のイデアがない交ぜになった情動に突き動かされている。

あとがきにも重要なことが書かれています。この手の本ではお決まりの、「自己の概念」についてです。他のいくつかの本でも見てきたように、この本でも「自己は突き詰めて言うと錯覚に過ぎない」と書かれています。しかし、その錯覚について、こうも言っています。

自己は錯覚だと言っても、あなたが存在しないわけではない。また、自由意思は錯覚だと言うのも、あなたが選択できないという意味ではない。自己と自由意思が実は、”エンド・ユーザー”であるあなたの観点からそう思えるものとは異なっていることを指して、錯覚と言っているのだ。

そう、裏の仕組みがどうなっていようと、それを使っているエンドユーザーである僕たちには、依然として自分は自分だし、意識も感じられるということです。脳には無数の神経細胞があり、それがお互いに接続して自分という一つの「システム」を作り出している。そのシステムが、なじみのある「自分」というものを作りだしているのだとしたら、それはそれで凄いことだと思いませんか?

如何だったでしょうか。繰り返しになりますが、ちゃんとした研究に基づいた脳関連の書籍は難解なものが多いなか、この本はとても読みやすく、かつ面白いです。興味のある方は是非読んでみてくださいね!

ザ・ビジョン 進むべき道は見えているか

今日は、ケン・ブランチャード 著の「ザ・ビジョン 進むべき道は見えているか」という本をご紹介したいと思います。この本は、先日ご紹介した「1分間アントレプレナー 黄金の起業法則」の著者が書いたビジョンについての本です。

この本も「一分間アントレプレナー」と同じく、物語形式で書かれており、とても読みやすいです。基本的にはビジネス書ですが、勿論ビジネス以外にも応用できると思うので、「ビジョン」について知りたい方にはどなたにでもオススメできる本だと思います。

ストーリーの流れは以下のような感じです。しかし、ただのストーリーではありません。ビジョンとは何か、そしてそれをどうやって作り、伝え、現実のものとしていけばいいのかという流れで話が進んでいきますし、所々にまとめ的な記述も出てきます。

思いもよらない夫の浮気、そして突然の別れ・・・専業主婦として夫や子どものためにのみ生きてきた主人公は、シングルマザーとして実社会に身を投じることになる。そして勤め先で、のちにメンターとなる魅力的な男性と出会い、ビジョンをもつことのすばらしさに目覚めていく・・・。(訳者あとがきより)

そもそも、ビジョンって良く聞きますけど、何となくつかみどころがないような気がしませんか?主人公たちも、その状態からスタートしていきます。試行錯誤を繰り返しながら、ビジョンの姿をクリアにしていき、そして最終的に行きついた結論は、

ビジョンとは、自分は何者で、何をめざし、何を基準にして進んでいくのかを理解することである。

という定義です。ここには、三つの要素が含まれています。

  1. 有意義な目的
    上記の定義で言えば、「自分は何者で」の部分になります。これは言い換えれば「自分は何のために存在するのか」、つまり存在意義を問うている部分です。ここでのポイントは、目的の内容そのもの、つまり「what」も重要ですが、「なぜ」の部分、「why」も極めて重要であるという点でしょう。
  2. 明確な価値観
    順番は前後してしまいますが、上記の定義で言うところの「何を基準にして」という部分です。価値観とは、「自分は何を基準にして、どのように生きていくのか」という問いに答えるもの、あるいは目的を達成するために日々どのように過ごすのかのガイドライン、とされています。つまりこれは「how」の部分になります。
  3. 未来のイメージ
    主人公たちは「目的」「価値観」がビジョンを作る上で重要だと気付くのですが、それだけでは何か足りないと感じます。それは、それだけでは目指す方向がはっきりしないということでした。そこで出てくるのが「何をめざし」の部分です。言い換えれば、最終結果に到達した際にどのような未来が待っているかの明確なイメージです。イメージの力は強力です。特に会社のような複数人で構成されている組織では、目的だけでなく具体的な結果を共有しないと、なかなかコントロールが難しいですよね。これが「where」の部分になります。

さて、ビジョンの三要素が出揃いました。基本的にこれを踏まえればビジョンは作れます。しかし、自分が作ったビジョンが要件を満たしているかというチェックリストが本に書かれていました。非常に有用だと思ったのでご紹介したいと思います。

  • そのビジョンは、自分たちの使命をはっきりさせてくれるか。
  • そのビジョンは、日々の決断を正しく行っていくための指針になりうるか。
  • そのビジョンは、めざすべき未来を目に見えるような形で描いているか。
  • そのビジョンには永続性があるか。
  • そのビジョンには、ライバルに勝つだけというだけではない、何か崇高なものがあるか。
  • そのビジョンは、数字の力を借りずに、人々に活気を吹き込むことができるか。
  • そのビジョンは、あらゆる人の心と精神に訴えかけるか。
  • そのビジョンは、ひとりひとりに自分の役割を自覚させるか。

基本的にビジネス向けなので複数人の組織を想定していますが、「自分に」と読み替えれば応用が可能だと思います。

さて、ビジョンが出来てもそれを実行できなければ何の意味もありません。それを実行するに当たって、二つのヒントが紹介されていました。

  1. ビジョンから目をそらさないこと
  2. 一身を投げだす勇気を持つこと

一番目の意味するところは、ビジョンに基づいて行動しなさい、ということです。しかし、何があっても最初に決めたビジョンに固執しなさい、ということではありません。むしろ逆で、ビジョンを実現するための計画や、場合によってはビジョンそのものを変更した方がいいケースも出てくるでしょう。そんな時は、ビジョンを修正して、またビジョンに沿って行動するようにしましょう、ということだと思います。自分が根ざす軸があるのとないのとでは大違いですからね。変える必要があるなら、軸そのものを変えればいいのだと思います。

そして二番目は勇気です。何かを踏み出す際には必ず必要になりますよね。行動をうながす方法論については、過去のエントリでもいくつかご紹介してきました。しかしそれらは、「行動しやすくする」ことはできても、自分を強制的に行動に駆り立てるものではありません。やはり最後は「よし!」と決めて自分から動き出すことが必要だと思います。そこに必要なのは、飛び込む勇気なのでしょうね。

さて、ビジョンについてご紹介してきましたが、かなりざっくりと纏めてしまったので、それぞれが意味するところの詳細が気になる方や、話の「流れ」が気になる方は是非本書を手にとって読んでみてください。皆さんも是非、ご自分のビジョンを考え、行動に移してみてくださいね!

人間らしさとはなにか?

本日は、マイケル・S・ガザニガの「人間らしさとはなにか?」という本をご紹介したいと思います。この本は、非常に哲学的なタイトルがついていますが、昨日ご紹介した「脳のなかの幽霊」と同じく脳神経科学の本です。この著者もまた、脳神経科学でとても有名な人なのだそうです。

この本はタイトルの通り、人間らしさとは一体何か、ということについて書かれた本です。特に、他の動物と比べてどこが人間を人間らしくさせているのか、という視点が強調されているように思います。

本書は、人間の脳はユニークなのか?という問いから始まります。科学者の間では、身体を見た時に人間が他の動物と違う、というのは割とすんなり受け入れられるそうですが、では、脳は?と聞くと、議論になると言います。大きさが異なるだけで本質的には変わらないとか、哺乳類の間であればニューロンはニューロンだ、とか。しかし著者は様々なデータから、やはり人間の脳はユニークな特徴をたくさん持っているのだと考えます。では、人間を人間らしくさせているその違いとは、どのようなものなのでしょうか?

この違いについて、さまざまな観点から検討がなされています。他の動物が「心の理論」を持つかどうかに始まり、コミュニケーション、社会性、道徳、共感、芸術・・・というように視点は多岐にわたります。その中でも、僕が特に面白かったと感じたのは「意識」ついての章です。少し難しいのですが、僕なりの解釈で要約してみますね。

まず、意識とはどんなものなのでしょうか。著者は、「大企業のトップのようなもの」と言っています。脳の中には、本当に様々な機能がありますが、それらのほとんどは、僕たちが気づかないうちに、つまり無意識のうちに処理されています。その中で意識の上に上がってきたものについて、僕達は「意識的に」処理するわけですが、それがあたかも、部下が働いている間にゴルフのコースに出ている大企業のトップのようだ、というわけですね。

では、無意識下の処理のうち、意識上がってくるものとはどんなものなのでしょうか?様々な刺激が意識に到達するには主に二種類あるのですが、そこには「注意」が深く関係しています。一つは、意識的に注意を向けるということ。例えば、「よし、今から仕事の事を考えよう」というのは自ら仕事に対して注意を向けていますね。それとは逆のパターンもあります。例えば仕事のことを考えている時に火災報知機が鳴り響いたケースがそれにあたります。火災報知機の警報音を聴いて注意が奪われ、そちらに意識が向きます。

意識にはまだまだ謎があります。私たちは「自分自身」という感覚を持ちます。これは自分を意識する、ということに他なりませんが、この自分自身という感覚はどこから来るのでしょう?無数の情報を一つに統合し、自分という感覚を作り上げているものは何なのでしょうか?

その答えは、左脳にあるのではないかと著者は言います。右脳・左脳という言葉は聞いたことがありますよね。人間の大脳は右脳(右半球)と左脳(左半球)に分かれています。右脳は顔の認識と注意の集中と知覚による識別に、左脳は言語と発話と知的行動に特化しているそうです。

ここで分離脳患者の話が出てきます。分離脳患者とは、右脳と左脳をつなぐ脳梁という部分が切断された患者のことです。彼らには何が起こるのでしょうか?それぞれの脳が連携できなくなるので、お互いの脳はもう片方の脳半球で何が起きているかを知る事ができなくなってしまいます。

分離脳患者に関する興味深い実験があります。彼らの右脳に、「笑え」という命令を出します。患者は笑い出しますが、右脳と切り離されている左脳の言語中枢は、何故笑っているかの理由を知りません。その状態で患者になぜ笑っているのかをたずねると、「わからない」とは言わず、何とかつじつま合わせて笑っている理由を答えるのだそうです。

左脳には、このような解釈装置としての働きがあるそうです。そしてその機能は、脳への様々な入力を「解釈」し、一つの物語に統合するために使われていると考えることができます。つまり、私たちが「自分は統合された一つのものである」という解釈を、左脳が作っているということです。

解釈装置がなくても機能している脳に解釈装置が加わると、多くの副産物が生まれる。事柄と事柄の関連を問うことから始める装置、いや、数限りない事柄について問い、自らの疑問に対して生産的な答えを見つけられる仕組みがあれば、おのずと「自己」の概念が生まれる。その装置が問う大きな疑問の一つは間違いなく、「これだけの疑問を、誰が解決しているのだろう」だからだ。「そうだな・・・それを”自分”と呼ぼう」。

そう、「自己感覚」は副産物だと言っているのです。これは衝撃的ですよね!僕たちは「魂」や「心」と言った言葉を使います。これは、ある意味では身体とは別の「本当の自分」がどこかに存在しているという風に解釈することもできます。が、上記の話だと「本当の自分」は左脳が生み出した幻ということになります。これを始めて読んだ時は僕もちょっとショックを受けました。

しかし、最近はこう思うようになりました。例え「本当の自分」を作り出しているのが左脳だとしても、それが解釈装置による副産物だとしても、僕が統一された自己としてここにいるという「感覚」そのものは僕の脳の中で確かに存在し、自覚しているのです。ならば、それはそれでいいのではないでしょうか。それを「副産物」と呼ぼうが、「心」あるいは「魂」と呼ぼうが、いいと思います。重要なのは、それを踏まえて、どうよりよく生きるかということなのですから。最後に、結びの言葉を紹介しておきます。

私の兄は人間の(動物との)相違点のリストを次のように締めくくった。「人間はコンピューターの前に座って、生命の意味を見出そうとする。動物は与えられた命を生きる。問題は、そういう人間と動物とでは、どちらが幸せかということだ」
もう十分だろう。私は外に出て、ぶどう畑の手入れをするとしよう。ピノ種のぶどうがほどなく上質のワインになる。自分がチンパンジーでなくて、なんとありがたいことか!

さて、如何だったでしょうか。この記事でご紹介した「意識」の論点以外にも、人間のユニークな所が色々と紹介されています。500ページを超える大作ですが、脳について深く知りたい方にはお奨めの一冊です。是非読んでみてください!

脳のなかの幽霊

今日ご紹介する本は、V・S・ラマチャンドラン 著の「脳のなかの幽霊」です。ラマチャンドラン博士は視覚や幻肢でとても有名な神経科学者です。本書は、そのラマチャンドラン博士が様々な神経疾患を持つ患者に対して行った実験の内容を元に、一般の人向けに書かれた本です。

一般向けに平易に書かれているとは言え、ボリュームも多く、何も考えずに気楽に読める本ではないと思いますが、それでもページをめくるのが止まらないほどに面白いです!脳の仕組みに少しでも興味がある方には、この本は最高だと思います。ユーモアも効いており、途中何度も笑ってしまいました。

さて、人間の脳。とても複雑な仕組みを持っていることは間違いないですが、その多くはまだ解明されていません。そして、脳や心の研究がまだ初期段階であり、物理学で言うところの一般相対性理論のような統一理論を組み立てられる段階ではないと著者は言います。そうした状況では、とにかく「あれこれやってみる」のが一番いいのだそうです。その言葉の通り、本書の中には様々な実験とその考察が含まれています。

この本の中には、僕が聞いたこともないような症状を持つ患者の例が沢山登場します。

  • 腕や足が生まれつきない、または事故や病気で失ったにも関わらず、「ある」と感じる幻肢。幻肢を持つ患者の一部は、ないはずの腕や足に激しい痛みを感じることもあるそうです。存在しない手足の痛みをどう直せばいいのか?う~ん、確かに。
  • 脳の障害などで片側の視野が失われているにも関わらず、見えないはずのものを正確に掴める、盲視。この現象について、著者は脳の中にいる無意識のゾンビが動きを誘導しているようだと言っています。
  • 緑内障や白内障などが原因で視力が弱くなった人たちがおそろしくリアルな幻覚を見るという障害、シャルル・ボネ・シンドローム。この幻覚は、患者がコントロールできないのだと言います。この障害を持つ患者は、診察の際、「先生の膝の上に猿が座っています」と述べたそうです。
  • 脳の損傷等により、自分の左側に対してまったく無関心になってしまう半側無視という現象。この患者は、食事の際にも自分の左側にあるものに気付かないし、鏡に映った自分の顔の左側にも気付かないため、右側にのみ化粧をすることもあるそうです。

などなど、これ以外にも沢山の不思議な現象が登場します。その現象を読むだけでもとても興味深いのですが、それには留まらず、それらの患者への様々な実験を通して、人間の脳の一般的な仕組みを検証していく部分が最高に面白いです。

ところで、皆さんは「クオリア」という言葉をご存知でしょうか?クオリアとは、主観的感覚とも言いますが、簡単に言えば、「赤い」「暖かい」「冷たい」「痛い」などの感覚のことです。このクオリアに関しては、目や指から脳に入力された神経インパルス(電流)が、なぜ目に見えない感性や感覚に変わるのか、という問題があまりにも不可解なため、問題であることを認めない人もいるそうです。

本書の最終章では、このクオリアにも話が及びます。クオリアとは一体何なのか、そして何のために存在するのか、という点についてもきちんと言及されています。そしてさらに、クオリアと切っても切れないものがあります。それは、そのクオリアを実際に感じている私、つまり「自己」という概念についてです。この「自己」についての洞察も、とても興味深いですよ。

本書の最後には、こう記されています。

自分の人生が、希望も成功の喜びも大望も何もかもが、単に脳のニューロンの活動から生じていると言われるのは、心が乱れることでもあるらしい。しかしそれは、誇りを傷つけるどころか、人間を高めるものだと私は思う。科学は―宇宙論、進化論、そしてとりわけ脳科学は―私たちに、人間は宇宙で特権的な地位などを占めてなどいない、「世界を見つめる」非物質的な魂をもっているという観念は幻想にすぎないと告げている(これは東洋の神秘的な伝統であるヒンドゥ教や禅宗が、はるか昔から強調してきたことである)。自分は観察者などではなく、実は永遠に盛衰をくり返す宇宙の事象の一部であるといったん悟れば、大きく解放される。また、ある種の謙虚さも養われる―これは真の宗教的体験の本質である。

脳と心には様々な議論がありますが、とても科学者らしい主張ですね。その結果が、仏教に通じるものがある、というのは面白いです。

僕個人は、この本に書かれているような素晴らしい知見を、人間がよりよく生きるためにどう活かせるかにとても興味があります。僕は人間の行動とは、入力に対して処理をし、出力することだと考えているのですが、このプロセスで中心的な役割を果たすのが脳だと思います。その脳に関して次々と新しいことがわかってきています。であればそれを活用しない手はありませんよね。

さて、この本は是非皆さんにも読んでいただきたいので、あまり詳しい紹介は避けましたが、如何だったでしょうか?文庫版も出ていてお手頃価格ですので、興味があったら是非手にとって読んでみてください。「脳」に対する考え方が変わるかも知れませんよ。